空気の読めない人

うちはハンバーガーの看板を掲げているものの、テーブル席は一つしかなくカウンターがメインでお酒も置いてあるので、ぱっと見バーっぽい雰囲気もあるっちゃある。当然昼間から酒を飲みにくるお客さんもいるっちゃいる。

ガラガラ。

時々来る中年男性。ハンバーガーは注文せず麦焼酎のロックばかりひたすら飲む人だ。

「あ、焼酎ちょうだい。」

麦焼酎のロックを出すや否や。

「地元に発達障害で空気の読めないマスターがやってるバーがあって」

と、始まった。

「マスターが男前やから、結構若い女の子くるんやけど、彼発達障害やからな、全然空気読まれへんねん。あれはバーとしてはあかんと思うわ。」

「へぇ。」

「ある時なんかそこで飲んでたら、頼んでもないのに勝手にマスターがタクシー呼んで。無理矢理押し込められて帰らされたんやで。」

「へぇ。」

「しかも家着いたけど現金無くてタクシー代払えへんくて、警察行くかとか言われて、仕方ないからその足でバーに戻ってマスターに金借りて往復分の料金払ったわ。俺がタクシー呼んだわけじゃ無いのに、やで。」

「結構ひどい話ですねー。」

「発達障害やからな、彼、全然空気読まれへんねん。その日彼女とどっか行くって言ってたから、早よ帰って欲しかったんちゃうかな。おかしいと思わへん?普通そんなことする?」

「いや、普通はしないでしょ、そんなこと。でも、酔っ払って歩けない状態やったんと違いますか?」

「ま、確かにかなり酔ってたけど、そのバー家から五分の距離やねんで。わざわざタクシー呼ぶか?そのあと普通に歩いて帰れたんやで。いやー、あれはさすがに腹立ったなー。あ、焼酎ちょうだい。」

「まあ、とんだ無駄金ですねー。」

「他にもなあ、一杯もらってもいいですか?とか言って自分の酒をこっちにつけようとするねん。毎回やで、毎回。おかしいと思わへん?普通そんなことする?ホステスちゃうのに。」

「まぁ僕はやらないですけど、その人スタイルかも知れないし…。嫌やったら断ったらいいんとちゃいますか?」

「いや、あかんねん。頼まれたら断れへん性格やねん。しゃあなしおごってやるねんけど、毎回毎回言われたら腹立ってくるやろ?女の人やったとしてと嫌やのに。男前やのに発達障害やからバーのマスターとしては失格やわ。空気読まれへんねん。若い女の子はいっぱい来てるけどなあ。」

「へえ、じゃあ割と他のお客さんも大変ですね。みんなどういう風に接してるんですか?」

「周りはどうかな?多分男前やから問題ないんちゃうかな、空気読めんでも。若い女の子多いし。」

「周りの人にもお酒おごらせたりするんですか?」

「いや、そんなことないと思うな。俺のことを金ヅルやと思ってるから、俺だけ言ってくるねん。でも、普通男が男に奢ってっていうか?おかしいと思わへん?あ、焼酎ちょうだい。」

「まあ、僕やったら断りますけど。と言うかそんな嫌やったら行かないですけどね。」  

「いや、でもそこ立地が良いねん。近くに松屋があって、帰りに寄れるし、家も近いねん。」

「立地!でも他に行くとこあるでしょ?そんな飲み屋少ないとこなんですか?」

「無いねんなー。立地がいいねんそこ。安いし。それとか、こないだもノンアルコールビールを入れるように頼んで、その次行って注文すると、『昨日いっぱい出てもう無くなったんですよー。』って、嘘つかれるねん。」

「え?なんで嘘ってわかるんですか?」

「そら言い方でわかるわ。あれは絶対嘘ついてる。普通に注文するの忘れたとか、謝ったらいいやん。それやのに。あ、焼酎ちょうだい。」

「何十回も行ってて、散々お金落としてるのにそんな態度取るか?おかしいと思わへん?空気読まれへんねん。全然。彼発達障害やから。一回誰か教えてあげなあかんわ。」

「発達障害発達障害っていうけど、それ本人が自分のこと発達障害って言ってたんですか?」

「いや、言うてへんけど、絶対そうやわ。空気読まれへんねんもん。全然。」

「ある時なんて。頼んでも無いのにタクシー呼ばれて無理矢理押し込められて帰らされたんや。で家に着いても現金無くてタクシー代払えへんからその足でバーに戻ってバーのマスターに金借りて往復分払ったわ。歩いて五分の距離やで!普通タクシー呼ぶか?そのあと結局歩いて帰れたし。さすがにあの時は腹立ったなあ。あ、焼酎ちょうだい。」

「酔っぱらって歩いて帰れないと判断したんじゃないですか?」

「歩いて五分の距離やで。普通タクシー呼ぶか?確かに酔っぱらってたけど、結局その時も歩いて帰れたんやで。それとか『一杯もらっていいですか?』とか言って自分の酒を…」

終着点の見えない話に相槌打つのにも疲れてきたので、思い切って単刀直入に聞いてみた。

「それ、ひょっとしたら嫌われているんとちゃいますか?」

「いや、それは、絶対無い。もうかれこれ何十回も行って、優に十万円以上はそこで落としているのに。普通そんなことせえへんで。空気読まれへんねん。彼、発達障害やから。あ、焼酎ちょうだい。」

と、自信満々で言い切ってさらにその話を続けた。次第に彼の言葉から明瞭さが失われていき、ついに僕の相槌も生気がなくなった頃、彼は天を仰ぐようにカウンター席のど真ん中の椅子にもたれかかったまま眠りについた。

「タクシー、呼ぼうかな…。」